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14歳からの非戦入門

2024/5/23発売、【14歳からの非戦入門】(ビジネス社)の「はじめに」の部分です。

皆さんは、「安全保障化」という用語をご存じだろうか?
分かりやすい例を挙げよう。

新たな敵が現れた。もしくは、従来の敵が新たにこんな不穏な動きをしている。 このまま放っておけない。国家の存続の危機はすぐそこに迫っている。敵が攻めてくれば大事な家族が蹂躙される。女子どもにも容赦ない残忍な敵である。今すぐに守りを固めなければならない。
予算がない?
緊急事態に即応する戦力の出動や戒厳令を敷く法律がない?
そんなこと言っている場合か!

こんな言説が、権力者によってメディアを駆使して恣意的に流布され、敵への憎悪が搔き立てられる。こうした事態に対処するために、普段の慣例と法規を逸脱することを一般市民が受け入れる。あるいは、敵への対処に必要な法改正を急ぐ緊急性が社会に広く共有されていく。

これが、「安全保障化」という事象である。
日本の場合だと、福利厚生の予算を削ってまでも自衛隊を増強し、基地を増設し、最新兵器を買おう、日米同盟を強化しよう、戦力を認めない現状の憲法を改正しようとなる。そういう意図を持っている普段からの政治勢力が、まさに水を得た魚になれる状況である。

今の日本は明らかにこのプロセスに入っていないだろうか。

「安全保障化」とは、一般大衆に「恐怖」を植え付け、集団ヒステリアの凶行に走らせる一つの手法でもある。一例が、関東大震災朝鮮人虐殺事件である。大地震による混乱状態のなかで「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という言説が流布され、朝鮮人と目される住民が大衆の手によって大量に虐殺されたあの事件である。現代において同じことが起きれば、国際社会は確実にそれを「ジェノサイド」と見なす。日本はその歴史において、無辜であるはずの民衆が自ら進んで手を血で染める「安全保障化」の極端な例を経験しているのだ。

いや、日本は、これから先も、他の国に比べて大国が仕掛ける「安全保障化」に囚われやすい国民であると言える。それは、今回のウクライナ戦争の戦場となったウクライナと同様、「緩衝国家( バッファーステート)」という用語が当てはまる国家が日本であるからだ。

「緩衝国家」とは、地理的に敵対する大国や軍事同盟の狭間に位置し、大国のどちらにつくかによって、その「代理戦争」の戦場となる国のことである。つまり大国の本土を無傷にとどめ、敵対する相手国を弱体化する戦争の戦場になる国々である。いわば大国のため の地雷原になることである。それは大国に強制されるのではなく、「祖国のため」に自ら進んで、自発的な愛国心に駆られて、大国のための犠牲になるのだ。その「自発性」を引き出すのが、敵の「恐怖」を効果的に集団ヒステリア化させる「安全保障化」なのである

大国のなかでもアメリカは、「安全保障化」に不可欠なメディア力を誇る。世界を席巻する突出したメディア力をもつ国だ。

ウクライナと同様に典型的な「緩衝国家」である日本だが、そのウクライナにも存在しない国家の特質が、日本にはある。それは、アメリカとの異様な…たぶん世界で唯一の…関係性である。

その異様な関係性を象徴するものが、「朝鮮国連軍」という、政治家を含めてほとんどすべての日本人が、もはや意識すらしない「旧冷戦」の遺物ではあるが、実際には今でも元気に実動する「ゾンビ」である。

詳述は後章に譲るが、「朝鮮国連軍」は、その名に反して、国連がどうすることもできない奇怪な代物である。日本はこの朝鮮国連軍と1954年に地位協定を締結している。それ以来、日米地位協定下のすべての在日米軍基地が、米軍、韓国軍を含む 18カ国で構成される多国籍軍に具されることが可能となっている。ちなみに、日本はその多国籍軍の構成国ではない。

つまり、アメリカを中心に多国籍軍が開戦すると、開戦の意思決定に入っていないにもかかわらず、日本は自衛隊がなにもせずとも自動的に交戦国となり、北朝鮮と中国にとっての国際法上の正当な攻撃標的となるのだ。

つまり、ウクライナ戦争おいては、それがアメリカによって「安全保障化」された結果であっても、ウクライナには開戦に「自発性」があるが、日本が戦場となる朝鮮有事において、日本には、それがないのだ。

私は、2023年 10月、アメリカ・ペンシルベニア州のとある安全保障研究所が主催した「新冷戦? 戦略的競争と将来の世界秩序」という国際シンポジウムに招かれ、アメリカ人の聴衆を前に講演した。

「新冷戦」。つまり、ウクライナ戦争を契機とする新しい冷戦構造の出現をテーマにするものだったが、朝鮮半島と日本にとって「旧冷戦」はまだ終わっていない。私は講演をこう締めくくった。

「このゾンビを倒すのを手伝ってくれませんか? アメリカ国民である皆さんの助けが必要です。従属に慣れすぎた日本人には、微塵も『自発性』を期待するのは無理ですので」

本書は、近年とくに顕わになった露骨な「安全保障化」と、日本人の大半が気づいてい ない「緩衝国家」という2つのキーワードを軸に、世界と日本の危機をどう克服するかの ヒントを提示したいと思い、急きょ書き上げたものである。ぜひ、読者の忌憚なき評価をいただきたいと願う。

2023年 10月7日のハマスの“テロ”改め
【奇襲反撃】から4か月を経た2024年3月7日 伊勢崎賢治

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